GENE KEYS:観照のアート⑤マージング

リチャード・ラド氏”観照のアートの3つ目の側面を皆さんに共有したいと思います。”

”観照のアートには、ポージング・ピボティング・マージング(立ち止まること・転換が起こること・融合すること)という 3 つのテクニックが 1 つにまとめられています。

融合は転換から生まれ、転換は立ち止まることから生まれるため、立ち止まるという最初のステップがとても重要になります。

多くポージングするほどその機会は増え、そして運が良ければ、ピボットが発生します。

観照の目的とは、私たちをもっと深い意味で人生へと開いていくことです。それによって、私たちはすべてのものとさらに融合し始めるために、最後のステップは融合といいます。

その時私たちは、次のような健全な感覚を経験します。

『私はすべてのものを信頼します。私はすべてのものの一部です。私は全体の一部です。』

私の本から参照します。「融合とは、これまで以上に人生、世界、他者に向かって深く開かれることを意味します。それは開花の状態です…」

つまり、ポージングが種子であると言えるかもしれません。そしてピボットすることが花であり、融合することが果実です。

果物は準備が整うと枝から落ちるので、急いで作ることはできません。それは何年もかかります。

そして本当に重要なことは、特に人間関係においては、自分の中に広大なオープンスペースをすでに開発していない限り、誰かと融合することが困難だということ。

この内なる空間がなければ、あなたは彼らと絡まってしまいます。あなたのストーリーが彼らのストーリーに絡まり、十分な広がりが保てません。

すべてのドラマを解きほぐすためには、ポージングする必要があります。

マージングは多くのポージングと多くのピボッティングの結果です。それは私たちを成熟させます。それは私たちの中に世界観を育みます。


それは私たちがクリエーションの隅々にまで根を張っているような感覚です。私たちが逃れようようとするものはそこにはもうありません。

ご存知のように、多くの人が非常に恐れているのは、「全体と融合したら自分を失ってしまう」という考えです。そしてそれは非論理的な恐怖です。

でもそれは正しくありません。なぜなら、あなたは磨かれた真我の宝石、つまり真の自己を持っているからです。

そしてそれは、あなたが開かれて融合するほどに輝きを増します。それは無限だからです — 私たちは自分の能力において無限の存在です。

私の本の中から、融合の環境を作り出す 3 つの特質についてお話します。

1つは『寛大さ』です。 寛大な精神で物事を受け入れること。

寛大さは、時には非常に微妙です。なぜならそれは目に見えないからです。たとえば、人に対して。誰かがあなたを不当な扱いをし、あなたはそれを知っている、というような時。

しかし、あなたは急いで自分を守ろうとするのではなく、心を開き、「これで私は自分の何かを磨くことができる。」 と考えます。他人のことは気にしないでください。

奥深いのは、そこから学ぶという決断を自分の中で下すということです。ある意味では、あなたは自分にやって来たものに対して頭を下げているのです。

あなたは問いかけます。『私にとってここでの学びは何でしょうか?』そして、そのより深い教訓について深く考えます。

自分自身の中でこうして状況を好転させることができます。その時、あなたの対応は受け身ではなく非常に丁寧です。それが寛大さです。

そして2つ目は『友情』です。友情は非常に深い意味を持っています。

ご存知のように、スーフィーたちは人生をそのように見ています。彼らはすべてを「友達」として見ます。彼らは実際、あらゆる行為、状況、物体、人物を受け入れます。

それはすべての存在との本質的な統一性を体験する機会をもたらします。すべてを友達として見ることは、世界を自分に近づける効果があります。

あなたは人生、他者、人、物との、より親密な関係の中に入っていきます。たとえ彼らがあなたの申し出を返さなかったとしてもそれは問題ではありません。

彼らは決して準備ができないかもしれません。しかし、それにもかかわらず、あなたはその友情を寛大さとともに広げます。

3つ目は『優しさ』です。
サンスクリット語の「アヒムサ」は、「無害」を意味する素敵な言葉です。

無害というのは少し弱いように聞こえるかもしれません、
でも実際には、無害というのは信じられないほど素晴らしいもので、それは非暴力なのです。それは信じられないほどの規律です。

観照のアートにおいて最も困難な作業の 1 つ、それは自分に優しくあることです。
自分自身に対して優しさを実践してください。自分に優しくしてください。

自分自身に気楽に接しましょう。自分自身を解放してください。 それはまるで子育てです。私たちは自分自身を育てなければなりません。

そして時には暴力や憎しみ、不正義に直面するときも、そのような行為をする人々の中には傷ついた子供がいることを私たちは覚えておかなければなりません。

傷ついた子供に対してどのように振る舞いますか?彼らは本当に愛されたことがなかったり、愛されることがどのようなものか忘れてしまったのです。

もちろん健全な境界線とともにですが、私たちは物事を思いやりを持って扱う必要があります。

そしてそれが融合の力なのです。それは私たちの瞑想的な実践の成果です。

いつもポージングに戻りましょう。
立ち止まる方法を学びましょう。

人生の中に内的、外的な休息を増やし、そのスペースを促進させてください。

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